英彦山豊前坊高住神社

 豊前豊後・豊国の総鎮守

社伝によりますと、御祭神は豊前豊後の国の守り神として、もと鷹巣山に祀られ、人々の病苦を救い、農業や牛馬・家内安全の神として古くから崇められ、社殿は遠く継体天皇の御代(約1500年前)藤原恒雄によって創建されたと伝えられています。

 

また、当神社は豊前坊天狗神としても有名で、欲深く奢りに狂った人には天狗を飛ばせて子供をさらったり、家に火をつけたりして慈悲の鉄槌を下し、心正しく信仰する人には家来の八天狗をはじめ統べての天狗を集めて願いを遂げさせ、其の身を守ると伝えられてきました。英彦山豊前坊天狗は九州の天狗群の棟梁格と云われています。

 

境内の石鳥居は元禄十年(1698)、青銅の神牛は天保九年(1839)に寄贈され、ともに五穀豊穣、牛馬・家内安全を祈願して田川郡の大庄屋六人が住民を代表して奉納したものです。人畜の病める部分を振替えてもらうよう、その部分をなでる風習が言い伝えられています。




高住神社公式ブログ

平成29年 9月度のご案内
    町営バスの運行については 町役場まちづくり課・施策推進係0947-85-5965   ご祈願案内 お一組さまごと祈願いたします 出張祭典で不在時もありますので、なるべくご予約ください 厄除祈願・家内安全・商売繁昌・業務安全・社業繁栄 交通安全・試験合格 その他御祈願承ります 予約・お問い合わせは・・・ 高住神社社務所 0947(85)0073    ◇町営バスの運行については… 町役場まちづくり課・施策推進係 0947-85-5965   ◆英彦山豊前坊高住神社公式サイト http://buzenbou.jimdo.com/ 公式サイトでは神社の歴史由緒、祭事案内など、 ブログでは季節の情報(開花・紅葉情報や積雪状況)を更新してゆきます。 不定期更新ではありますが、参拝や観光の目安にお役立てください。
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平成29年度 高住神社神幸祭、斎行いたしました
9月9日(土)・10日(日)と、高住神社神幸祭を執り行いました。   氏子さんがたの協力を得ながら、午後一時より神幸祭祭典、そして午後二時に神輿を出輿。 銅鳥居ならび神宮下バス停(町組)へと運搬車に乗せて巡幸し、出立前と町組到着時に稚児舞の奉納を行い、本社へ帰着。 今年は諸般の事情により一日のみの渡御となったので、本社拝殿にて一夜を明かしました。 十八夜目の月。英彦山の田植えは里よりも早く、そして収穫も早い。 今時分がちょうど稲刈り時期にあたり、総代らも田んぼが気にかかる様子。 祭り前に田んぼを見てきた、神幸終わったらすぐ刈らないとと、そんな会話が聞こえてきます。 祭りと収穫時期がほぼ重なるのは、新穀感謝の秋祭りが神幸祭という形態で、春先駆けて行われる英彦山神宮の神幸祭と対になっているのでしょうか。 かつて祭りは月齢と深く関わってきましたが、月半ばは満月の頃。 昔の人も今夜と同じような月を愛でながら夜を明かしたことでしょう。   夜半には行に来た山伏たちが神輿の前で読経を。 気魄こもった経が止めば、元通りの深い浄闇に。 いつもの通夜とは違った雰囲気ですが、静寂と神秘さに包まれ、これはこれで違う良さがありました。      今日は特別な供物も上がり、神前も賑やかしい彩りに。 祭礼日と知って来る人もそうでない人も、いつもと違う様子に今日の縁を感じているようです。       翌日午後、神輿が還幸してくる時間とほぼ同時刻に総代と氏子に加勢してもらい、御霊を遷す祭典をしたのちに神輿を片付けて終了。 今年の牛くじ特賞当選者はこちらの方。 牛くじご購入くださいました皆様がたに、ご協力の御礼申し上げます。 なお一冊購入された方には必ず景品がありますので、社務所まで取りにお越しください。
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豊前坊信仰について

    《今川水源》

当神社は豊日別神を始め五柱の御祭神を祀り、豊国(豊前豊後)の開拓神として両国の国境に祀られました。


境内を流れる滝沢は津野・赤村を経て京都平野を潤し、周防灘へとそそぐ今川の源流であり、生活に欠かせぬ水の源として流域の人々から水分(みくまり)の神・農業神として信仰されてきました。

田畑の五穀豊穣を祈り、水害旱害・虫害に遭わぬよう田植時期に参詣して札を受けてゆく習わしが今も受け継がれています。

今川水源 獅子の口

 

また、“今川水源獅子の口”から流れる湧水は、霊峰から湧き出づる御神水として、北九州をはじめ遠近より多くの方が四季を通じて汲みに来られます。

 

  《牛馬信仰》

農作と深く関わる信仰から、農耕牛馬の守り神として牛馬安全の信仰がうまれました。

その信仰は“豊前坊さま”として豊前豊後はもとより筑前・筑後へも伝わり、信仰の名残が小社や石碑として各地に点在しています。

高住神社掛軸(※現在はなし)


時代の推移とともに畜産・酪農家の崇敬を集め、江戸後期に奉納された青銅の神牛像のほか、酪農組合によって洋牛像が奉納されるなど、牛にまつわる伝統が受け継がれています。

日田酪農部会奉納 乳牛像

  《山岳修験》

社殿が創建される以前は豊前窟と称す山岳信仰の岩窟行場として英彦山四十九窟・第十八番に数えられ、入峰修行の要所でありました。

柴燈大護摩修法 秋の峰入り
(添田町歴史的風致認定)

 

英彦山が天台系別格本山となり霊山として愈々盛え出すと、彦山権現信仰とともに豊前坊信仰が興り、防火(火災不起)などの信仰を集めるようになりました。

こうした信仰が重なり、神仏判然令以降、高住神社と社号を改めながらも引き継がれ今日に至っています。

現在の社殿は窟前にせり出すように建てられ、後背に聳える青巌屏風には天然造形の天狗岩が豊前坊の象徴として篤い信仰を集めています。

天狗岩